謎のブログ

謎の生物(゚Д゚)@謎が書く謎のブログ。気の向くまま風の向くまま。

『志の輔らくご in ACT』(赤坂ACTシアター)

 人生二回目の生落語も立川志の輔さんです。

 しかも、またしても志の輔さん曰く「通常の落語の形ではない」と言う志の輔師匠のみが高座にあがる「志の輔らくご」です。

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 前回の記事はこちら。

 

nazonazon.hatenablog.jp

  読み返しても大したこと書いてませんな。

 と言うのも、このPARCOの方は3つの演目を期間中ずっとやるのですが、その期間が1か月と長いんですわ。しかも、会場に足を運んでその演目が分かる(チケット販売時には公表していない)ので、詳しく書けなかった、と言う事情もあります。公演終わったときに書いたらよかったのかもしれませんが。

 さて、ACTの方はと申しますと2012年以降はずっと同じ演目でチケット発売時にそのお題も公表されています。

 それは、

中村仲蔵

です。いやあ、5年同じ内容なら書いちゃってもええやろ。公演も明日までやしな!

 てことで、ざっくり書きます。

 

 1部は、中村仲蔵を聴くにあたって必要な知識「仮名手本忠臣蔵」についての講義。スクリーンを用い、レーザーポインターを使っての話はまるで研究発表のよう。

 しかし、そこは志の輔

 面白い。

 赤穂事件という実際の事件があって、それを元に創作した浄瑠璃台本として「仮名手本忠臣蔵」がありますよ、でも江戸幕府から取り締まられない工夫として時代が鎌倉時代になり登場人物の名前もかえてますよ。と言う説明のあと、大序(一幕目)から十一幕目までの簡単なあらすじを浮世絵を交えて話します。

 まあ、言うなれば「マクラの前のマクラ」ですわな。まくら、ってのは前ふりですね。落語の背景説明であったり、時事問題を絡めた導入であったりの部分です。古典落語だと現代の人が知らない物の予備知識を話したりします。

 「中村仲蔵」の前にもマクラ部分が当然あります。

 しかし、なにしろ現代のわれわれが「仮名手本忠臣蔵」について知ってるか、となると知りませんな。ドラマでやってる「忠臣蔵」しか知らない。歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」のストーリーなんて、てんで知りゃしません。だいたい11幕もあるなんてところからして知りません。

 本来、

「歌舞伎の仮名手本忠臣蔵ぁわかるかい?」

「おう、あったりめぇでぇい」

と言う前提の元で作られた落語ですから、聞き手が「歌舞伎の仮名手本忠臣蔵」を知らないと話が成立しないわけです。

 志の輔さん曰く、「一部は料金外」っていうのはそういう事でしょう。

 本来であれば解説など必要が無い。でも現代でやるためにはその知識があればより楽しめるので、あえてやっていると。

 なんて親切な落語家さんでありましょうか(*''▽'')

 

 さて、中入り(休憩)を挟んで、いよいよ落語です。

 中村仲蔵というのは本当にいた歌舞伎役者のことで、今でも梨園の血筋ではない人が歌舞伎界で上に行くのは非常に難しいわけですが、この方は歌舞伎の血筋ではない生まれでありながら江戸時代に芸の素晴らしさで名題(トップクラス)まで登りつめたお人です。

 苦労して苦労して、頑張って頑張って芸に精進し、名題にまで登りつめた最初の役が「仮名手本忠臣蔵 五段目 斧定九郎 一役」という端役であった。さて、どうする!?

 と言うのが、あらすじです。

 まず、五段目ってのが「弁当幕」と呼ばれる、どーでもいいと思われている一幕ですよ、定九郎ってのはダッサイかっこうの役で下の方の役者が他の役と掛け持ちでやるような役ですよ、それ「一役」しかないんですよ、という説明がございまして、その役がどんだけ端役なのかというのが分かります。

 もちろん、ここまでの話も素晴らしく、面白く、初代中村仲蔵の人となりがまざまざと浮かび上がるような名人の話ぶりなんです。

 が、ここからが真骨頂。

 落胆、苦悩、しかしそこから思いなおして芸にかけることにした決心の孤高。

 役を良くする手がかりを得、工夫を凝らし、舞台に立つ緊張。

 迫真の演技、しかし客の反応がなく、それでもそれでもと演じ切りながらも最後まで客の反応が無く、突き落とされる絶望。

 絶望にとらわれ、上方に行く、いや途中で・・・と思いながら町に出、町で人々が口々に「五段目 定九郎」を絶賛するのを聞いた、驚き。

 まるで自分が仲蔵になったかのように感情移入し、絶望する仲蔵に涙してしまう、その志の輔話芸の凄さは本当に本当に圧巻でした。

 キーマンとして、中村仲蔵を引き上げてくれる「四代目市川團十郎」が出てくるのですが、この團十郎の話ぶりもまた味があってイイんです。仲蔵を相中に格上げするときに反対する声に対して「私がそうしたいから、そうするんだ」と言えと言うんですが、この一言に込められた思いがあふれてて、良かったですね。

 ま、サゲまで書くような野暮はしませんが(演者によってサゲがちがうそうな)、本当にもう、「機会があったら是非きいとくれ」と言いたくなる名口演でした。

 

以下、与太話

 

 しかしなんですなぁ、あては上方の出身やさかい上方落語で育ってましてな、落語家の前に見台と膝隠し、小拍子の音が無いのんは寂しおすな。(上方落語でも見台・膝隠しは演目や演者により無い場合もある)

 せやゆうたかて、あてが落語みたんは「らくごのご」やさかい、落語ゆうても、ちょっとイレギュラーやけどな。

 ほんでな、今Google先生に「らくごのご」を訊いたらWikipedia師匠が知ってるいわはるから訪ねてんけど、「らくごのご」の一番最初のお題が「過労死・つくし・小錦の脂肪」やってん。あんた、これ、1992年の話やで。25年も前の話やで。

 25年前から「過労死」が社会問題になっとったって言うことやで。

 25年たっても過労死の問題解決してへんってことや。

 日本人そのうち絶滅するで、過労死で。

 サゲがあらへんて?

 企業と国がちゃーんと問題に取り組んでくれるまで話は下げられまへん、過労死だけに。

(すいませんすいませんすいません、意味わかんないと思う)

 

 

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