私には、ひとつの1~2泊用スーツケースがある。
2012年購入なので、すでに12年は経っている。ただし、ほとんど使っていない。いや、いなかった。その年の旅行のためにおそらく購入したあと、2016年までの4年間は何度か国内旅行には行っている。だが2017年に2度目の休職をしてから、ほぼほぼ使っていなかった、というか使えなかった。去年、引っぱり出すまで6年間眠っていたことになる。
11年経っても経年劣化することなく使えることにまず感動する。
シフレという旅行鞄の会社の製品。もちろん、今はもう販売停止されたモデル。
復職してからも、体調が思わしくないので国内旅行ですら行くのは難しかった。
このスーツケースはもう、きっと使われることなく捨てるしかなくなってしまうのだろう、と思っていた。物は使って壊して買い換えたいタイプの人間なので、使わず経年劣化で捨てるのは、とても悲しい。
去年、新潟にある高田世界館に行こうと決めてスーツケースを箱から出したときに、買ったときと変わらない内と外に私は嬉しくなった。どこも壊れることなく十分に使える状態だった。6年間保ってくれてありがとう、そう思った。
さて、高田世界館である。
私はいわゆる「マサラ上映」と呼ばれる紙吹雪を撒くことのできる映画のイベント上映が大好きだ。
高田世界館では2016年からマサラ上映を行っているので、新潟にマサラ上映を行う映画館があるのは何となく知っていた。
そして、コロナ禍襲来。
関東…いや、日本中の映画館は数本の作品を上映して静かに息をし、イベント上映、特に発声を伴う応援上映やマサラ上映は沈黙した。
やがて徐々に応援上映は無発声という形で復活しだしたが、マサラ上映はなかなか復活しなかった。しかし、首都圏のマサラ上映が復活しない中、首都圏外の映画館でのマサラ上映は少しづつ復活していったように記憶している。高田世界館では記録を見ると2021年5月には「紙吹雪は1袋」「無言」という制限を設けつつもイベント上映が開催されている。
それがいいか悪いか、と言うのは個々人の判断だと思う。
ただ、私が動向を見てきた限りでは、高田世界館は感染対策に非常に気を使っている映画館だといえる。
今でもアルコールを用意しているし、マサラ上映でも発声する人にはマスク着用をお願いしている。そして、この映画館は天井が非常に高く収容人数も200と大きめのところ、今でもマサラの時は100人程度を上限としているようだ。そうやって換気の面での気遣いもしている。支配人はコロナウイルス感染症が流行しだすと「流行ってきたのできをつけてくださいね」と声をかける。
失礼、話がそれた。
私は行きたくてもいけないので、指を咥えて高田世界館でのマサラ上映のネット情報を眺めていた。
この映画館は映画館として営業している中では日本最古級といわれ、建物は国の登録有形文化財や近代化産業遺産にも指定されているとのことで、古い建物が好きな私は、紙吹雪だけではなく、その点でも興味が湧いていた。
そうして、私の中である感情が育っていった。
いつか高田世界館のマサラ上映に行こう
けれど、その「いつか」はすぐには来なかった。体調がなかなか良くはならなかったからだ。いくら、リティク・ローシャンが素敵な笑顔で
いつかなんて永遠に来ないと思わない?
叶えたい夢があるなら今日始めないと
明日は来ないと思って毎日を生きる
残された時間は今日1日
夢を叶え始めた日
君のいつかは訪れる(「バンバン!」より)
と言ったって、ダメなときはダメなわけで。努力でどうにかできるのであれば「今日始める」ことはできるけれども。
では、自分が夢のために始めることができることは何か。
「いつか」の思いを持ち続けること
である。
そして、幸いなことに私の「いつか」は来た。
お花紙を切って紙吹雪を作り、宅配便でそれを送付。
ほこりをかぶった段ボール箱の中から6年間眠っていたスーツケースを引っぱり出した。
私の「いつか」のためにスーツケースは待っていてくれた。
私の「いつか」の日に高田世界館はそこにあってくれた。
私の夢が叶ったのは、高田世界館が存続してくれていたからである。
それも映画館として。
ただ歴史的建造物として見学だけの施設だったら、私は行かなかっただろう。そもそも存在すら知らなかったかもしれない。もちろん文化財としては、見学用の施設でも価値があるといえる。
しかし、私は「映画館としての高田世界館」が好きなのである。
映画館が映画館としてあるためには箱(建物)の他に「スクリーン」「映写機」「音響機材」が必要。その内、高田世界館は「映写機(プロジェクターおよびPCとサーバ)」が駄目になってプロジェクターを買い換えたらしい。そして、古くなった「スクリーン」も替えたいようだ。
(ちなみに音響に関しては、現時点で下手なシネコンより音がいい)
そこで、高田世界館ではクラウドファインディングを行っている。
できれば目標額以上の金額が集まればいいな、と思っている。もちろん、私も少しばかりだが参加したし、もう少ししたら追加で寄付したい(エアコン買い換えたり、色々いまは物入りなので直ぐはできない)。
一度行った方ならわかると思うが、古い建物ではあるが何かを「我慢させる」ということがない。トイレはきれいだし、夏に行っても冬に行っても暑さ寒さにずっと耐えて映画を見るという事もない。さらには、清潔感があって汚い部分がどこにもなく過ごしやすい。
まあ、耐えると言ったらお尻が痛いことだが、私の場合どの映画館、劇場に行ってもお尻が痛いのでここだけの問題ではない。ちなみに、面白いのが最後方の3席はシネコンのドリンクフォルダー付きの座席だったりする。傾斜がなく、もしかしたら、前の人の頭がスクリーンに被るかもしれないが…満席にはならないから(いいのかそれは)座席を移動すればいい(自由席)。
そして、とても温かみのある空間で癒される。
はじめて行っても、「おかえり」と言ってくれそうな温かさがいい。
これはスタッフの優しさや気配りによるところも大きいだろう。
先日お邪魔したマサラ上映では、地元の常連と思われる高齢者の方がおられ、帰り際に心配そうにスタッフが「大丈夫でしたか」と声をかけていた。常連客はニコニコしながら楽しかった、と言って帰って行かれ、そうしたコミュニケーションの温かさも映画館を支えているのだと思った。
さて、この映画館を熱心に推すからには、謎はさぞかし映画館に通っているのだろうと思われるのかもしれない。残念ながら、たった4回である。
それでも推したくなる魅力にあふれているのが高田世界館なのだ。
ずっと行きたい、そんな私の「いつか」はやって来た。そのとき高田世界館は映画館としてそこにあった。
もし、あなたが「いつか」高田世界館に行ってみたいと思っているとしたら、その「いつか」に高田世界館が存続していなければ、「いつか」は永遠にこないことになってしまう。
もし、あなたが既に高田世界館に行ったことがあって、素敵な体験をしたから「いつか」また行きたいと願うとき、あなたはきっと映画館の存続を願っているだろう。
そんな、あなたの「いつか」のためにクラウドファインディングに参加するのはいかがだろうか。
私は、「いつか」また相棒のスーツケースを引っぱって歩き、高田駅で電車を降りる予定だ。