謎のブログ

謎の生物(゚Д゚)@謎が書く謎のブログ。気の向くまま風の向くまま。

アレックスとハリラバ

 歌劇2月号掲載の石井哲夫氏の劇評を見て感心した。

 アレックスをそう読み解いたか、と。

舞台は、現代のアメリカのイラク戦争を意識したものか。

(歌劇2月号p62)と。その後に書かれてある事柄を読むと、なるほどなぁ、と思った。

 これが木村信司作なら割とそこまで多くの人が気づいたかも知れない。木村信司はそういうものを書きそうだが、荻田浩一はそういう暗喩はしないものと気持ちのどこかで思っているからかも知れない。

 私は、宝塚らしくない作品を宝塚で上演することから考えて、芸術論・芸術感もそこに表現されていたのではないのか、と思っている。あちらこちらにシェイクスピアを彷彿とさせる台詞回しもあったことからもそう思った。

 酒に溺れる人間達、突き進む理由に疑問を持って立ち止まる部下達。それらは、芸術というものを志しながらも、その苦難の道のりに挫折し、進む理由さえ見失って頂点・最高のものを創造することから挫折した者たちではないのかと、私は思った。

 芸術は、とりもなおさず、宝塚の主演男役というものそのものにも置き換えられる。

 アレックスは孤高だ。主演男役もまた、荻田氏にはそう映ったのかも知れない。

 

 アレックスの宝塚らしいところは、最後は夢のようなハッピーエンドだ。

 心に染み渡るような、ハッピーエンド。

 ずっと、傍にいてアレックスと共に歩んできたニケとのハッピーエンド。人間になってまで結ばれようとするニケの愛が胸に迫る。

 

 

 さて、それに対して宝塚らしいと言われたハリラバこと「HOLLY WOOD LOVER」。

 しかし、この作品もまた、宝塚らしく内面を内包していたと思う。

 だいたい、ローズとリチャードが結婚した後にステファーノに逢って真実の愛に目覚める方が話としては美しいだろう。

 上演された台本の通りだと、どうしてもローズは自分の成功のためにリチャードと結婚したととられかねないし、そこを否定しているものの、

「愛しすぎるより愛される方が楽だと思った」

事が理由でリチャードと結婚し、実際にリチャードを愛そうとしなかったのだから冷静に考えればとんでもない傲慢女である。愛さないけど愛してくれと、リチャードに求めているのだから。

 しかし、下手すりゃ昼メロ並のドロドロ劇になりかねないそんな部分を植田(景子)氏はうまくぼかしている。けっして、ローズが悪女にならないように上手く台本を書いて、城咲も純粋さを表に出して好感度を上げていた。

 一歩間違えれば宝塚らしくない、泥沼劇を上手く美しく調理し、最後を悲劇で締めくくる。

 宝塚の座付き作家として素晴らしい手腕だな、と思った。本を書く才能に長けているのだろうな、と思う。

 おしむらくは植田氏の場合、大劇場クラスになると大人数を動かし切れず、時間も足らずに完成度が落ちること。本来は外部の劇団などで本を書くと抜群の才能をみせるのかもしれない。故に、外部劇団と同じ人数・時間に近づくバウホール作品に外れがないのだろう。

 

 宝塚の座付き作家として信者(笑)も多い荻田浩一の宝塚らしくない作品と、才能はあるものの本来は宝塚の作演出には向いていないのかもしれない植田景子の宝塚らしさを重視した作品。今回の月組はなんだか背中合わせの作品をほぼ同時にやったようで面白いな、と思う。

 もちろん、ホフマン物語もわすれていませんよ。

 ただ、こちらは見る機会がなかったので・・・。音源が朝比奈隆指揮の大阪フィルハーモニー版と聞いて、凄く行ってみたかったんですけどね。さすがにそこまでは(^_^;)

 アレックス・ハリラバ・ホフマン、どのチームも大きく成長することのできる作品だったのではないだろうか。そして、その勢いで「ME AND MY GIRL」に突入するのだから楽しみだ。

 組替え、退団で抜ける生徒もいるのは残念だけれど、きっと先に上演したものに負けないものになると、私は思っている。

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